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さすらいペット旅情編2


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2004.11.23

札幌0-1大宮/ホーム最終戦飾れず・・・

 サッカーJ2第43節、コンサドーレ札幌は23日、札幌ドームにて大宮アルディージャと対戦しましたが0-1で敗戦し、札幌ドーム今季8試合目にて初黒星を喫したほか、1試合残しての今季J2最下位が決まってしまいました。
 今日は札幌ドームに行って生観戦してきました。ホームの試合は9月23日の水戸戦以来2ヶ月ぶりで、ドームに行ったのは8月7日のマリーンズ戦以来としばらくご無沙汰でした。いつものように深川からJRで札幌へ入り地下鉄で福住駅へ。ドームには12時頃に到着し、当日券売り場で席種を思案していたところ、初老のご夫婦に声をかけられ、「券が余っているのでどうぞ」とSS指定席の招待券をいただきました。ご夫婦にお礼を言って分かれましたが、行ってみるとなんとメインスタンドの中央の最前列でした。眺めはこんな感じでした。
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 お隣には先ほどのご夫婦が来ており、改めてお礼を述べて観戦しました。ドームの最前列で見るのは初めてなのでいつも以上にデジカメ片手に写真撮影。昼食に恒例の必勝弁当を買おうとするともう売り切れで、モスバーガーにする。
 そうこうしているうちに試合開始、札幌の守備が浮き足立っているうちに前半1分でバレーに先制点を許してしまい、ドーム今季不敗達成に暗雲が立ちこめる。柳下監督が「立ち上がりと終わり10分はシーズン初めの精神的にもろいチーム。残り70分は成長した証は見られたがラストパス、クロスの精度が低すぎた」と振り返るように、何度も惜しいシュートが見られましたが得点には至らず0-1で敗戦。しかし、開幕戦のように岡田がサイドを駆け抜けていましたし、砂川も良くなってましたので、43試合戦っての成長の跡は見られたかと思いました。今日は今季最高の19,873人が札幌ドームに集結したので、結果はともあれコンサの得点で盛り上がりたかったのが正直な気持ちでした。
 試合後は柳下監督の挨拶の後、監督・選手全員で場内を一周する「サンクスウォーク」が行われました。今季の札幌での試合は終わりましたが、27日の甲府戦(小瀬)、12月12日の大分戦(熊本)と試合は続きますので、1試合でも多く戦えるよう頑張って欲しいものです。
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2004.11.14

札幌2V-1市原/天皇杯J1の壁破る

 天皇杯4回戦2日目、コンサドーレ札幌は室蘭市入江運動公園陸上競技場でジェフユナイデット市原と対戦、後半に市原に先制を許すも上里のプロ初ゴールで同点に追いつき延長戦突入、相川のVゴールで見事2-1で逆転勝ちしJ1の壁を突破し5回戦に進みました。
 テレビ中継もなく、ただ結果しか知りませんが、J2最下位チームがJ1上位のチームを倒したのはまさに「下克上」の名にふさわしかったと思います。昨日の記事で群馬FCホリコシの奈良(元札幌)のコメントからもっとハングリー精神を、と書きましたが、本当に市原を倒すとは恐れ入りました。このチームがまだまだ進化を遂げていくのではという期待がもてましたね。
 5回戦は大分トリニータと対戦します。大分には2002年の天皇杯では0-5と屈辱的大敗を喫しています。大分を倒すことも決して不可能ではないはず。大分を倒すと恐らく磐田が待ちかまえると思われます。ここで満足せずに1つでもJ1との戦いを積み上げて行きましょう。気は早いかも知れませんが柳下監督を2年連続元日の国立のピッチに立たせる意気込みで戦って欲しいものです。

2004.11.13

天皇杯4回戦1日目

 やっとココログブックスコンテストの審査期間に入ったのに、また1週間間隔が空いてしまいました。
 さて、今日は天皇杯4回戦の1日目でした。我らがコンサドーレ札幌は明日、室蘭でジェフ市原と対戦しますが、今日はNHKBS1で2試合放送されていましたので見ました。生中継していた佐川急便東京×磐田は山本昌邦監督の初陣でしたが、冷や汗ものの勝利でしたね。磐田の圧倒的な強さが感じられず、PKで得た3点目が無ければどちらに転んだか分かりませんでした。
 夜に録画放送された柏×群馬FCホリコシは結果は既に知ってましたので興味を持って見ました。元札幌の奈良がヘディングで決勝点を挙げ活躍してましたね。試合後のインタビューで名前こそ挙げなかったものの「Jリーグを解雇されて悔しい思いをしていた」とのことで、J1勢との一戦に強い気持ちで臨んでいたことが伺い知れました。
 こういうハングリー精神を今の札幌の選手達にも強く持って欲しいと思います。今Jリーグでプレーできる喜びを持って、柳下監督の座右の銘「今頑張らずにいつ頑張る」を胸に明日の市原戦に臨んでほしいです。
 BSの天皇杯ダイジェストを見る限り、互いの良いところのみの編集なので余計に感じたかも知れませんが、J1とJ2の差は思った以上に無いのではないかと感じました。今日は群馬のほか大宮・湘南がJ1勢に勝利し5回戦に進みました。我がコンサもジェフを倒してこれに続いてほしいと願ってます。

2004.11.07

ハラケン死す

 6日、元衆議院議長の原健三郎氏が心不全のため死去したとのことでした。97歳でした。
訃報:原健三郎さん97歳=元衆院議長
【社会】原健三郎元衆院議長が死去…議員在職50年余り
 この人で思い出すのは選挙の時に「あと○年で議員在職50年になります。50年になると国会に銅像が建ちます。」と盛んに”銅像””銅像”と90歳近くになっても当選に執念を燃やしていたことですね。死去のニュースでそのことを訴える映像が流れるかと思って期待してましたが、目にしなかったので、あまり流れなかったのでしょうか。結局、国会に銅像は建たなかったと思うのですが、この人だから”銅像””銅像”と騒いでも案外腹も立たずに、逆に面白く見ていたのかなと感じています。

 明石海峡大橋(神戸市-淡路島)の実現を公約に掲げ、98年4月の開通後の01年5月、大橋と古里を一望する淡路島・東浦町の高台に高さ3メートルの銅像が建立された際には「感激じゃ、感激じゃ」と語ったことで話題になった。日活映画「渡り鳥シリーズ」9作のうち5作で原作や脚本を手掛けたことでも知られる。

 国会には建たずも地元には銅像が建っていたのですね。意外にも雑誌編集長や映画の制作に携わった経歴があったとは知りませんでした。
 ご冥福をお祈りします。

2004.11.06

札幌1-1鳥栖/ドーム不敗神話続く

 サッカーJ2第41節、コンサドーレ札幌は6日、札幌ドームにてサガン鳥栖と対戦し1-1で引き分けました。
 9月の仙台戦以来の札幌ドームでの試合、今季不敗神話が続く中での戦いでした。今日は所用のため、NHK総合でテレビ観戦しました。前節、前半はペナルティエリアまでボールが運べませんでしたが、今日は運べていましたね(前半でシュート3本、後半は5本)。監督のコメントでは前半良かったのは最初から15分くらいとのこと。だんだんと鳥栖に主導権が移っていき、何とか最終ラインで防いでいた失点も、前半36分に鳥栖・羽畑に先制点を許し後半へ。
 後半に入ると岡田、堀井を投入、それが当たったのか、和波からのパスが堀井→砂川→金子と渡り、金子の強烈なシュートで同点に追いつき、その後も勝ち点3を求めて戦いましたが、結局1-1で今季14回目のドローとなりました。札幌ドームでの不敗神話は継続し、ついにドームの試合は23日の大宮戦を残すのみとなりました。観客動員も11,792人と1万人台を死守しました。
 *今日のNHK総合は「Jリーグスペシャルデー」で各地の様子が流れましたが、期待していた札幌ドームは全国に流れず残念でした。J2最下位だと注目度が劣ってしまうからでしょうね。

2004.11.04

地元アナの幸福な日々/ファイターズとともに

 Number614号にファイターズ関連で「地元アナの幸福な日々 残念だったねまた来年!」という記事がでていました。「今シーズン、いちばん幸せだったプロ野球ファン-。それは、日本ハムを応援できた北海道の人々だったかもしれない。」という書き出しで始まるこの記事。道内民放テレビ局のファイターズ戦実況アナウンサーに焦点を当てたもので、HTBの谷口直樹アナ、TVhの大藤晋司アナの2人を取り上げています。
 詳細は記事を読んでいただきたいですが、印象に残った部分を書いておくと・・・
 ファイターズはプレーオフ進出を果たしましたが、そこまでの道のりは長く険しく、シーズン半ばには退屈な試合も多かったのも事実でした。HTBは今シーズン「朝までファイターズ」と題して、札幌ドームの約40試合を深夜に録画放送しましたが、担当した谷口アナはこう振り返ります。「正直、退屈な試合は多かったですね。視聴率は悪いし、お客さんも5000人程度しか入らないような時期もあって・・・」、「僕は現場よりも、録画放送のために局のブースに籠ってひとりで実況することが多かったですが、これは苦行に近かったですよ。」、「ウチは”応援実況”のノリなんで、大量点を奪われても、”打線の反撃を待ちましょう”なんていってしのぎましたが・・・」
 それを受けて記事は「プロ野球のチームを応援すること、それは耐えるということである。」と書いています。
 9月20,21日の札幌ドームでのホークス2連戦は今シーズンのファイターズのベストゲームと言っても過言ではありませんが、この試合にも記事は言及、「いままで日ハムとは無縁の人生を歩んできたが、すっかり虜になってしまった。谷口さんにとって幸福な苦行の日々は、これからも続くというわけだ。」と結んでいます。
 大藤アナはプレーオフの激戦を見届けて向かった羽田空港でレプリカユニフォームを着たファンに、「残念だったね、また来年!」と声をかけられたとのこと。また大藤アナは今シーズン、何人もの選手が「ああ、これが本拠地なんだ」としみじみと語るのを耳にしたと言います。
 記事は終わりに「谷口や大藤が見たものは、夢や幻ではない。北海道の人たちの願いが、頼りない投手の球を後押しし、打線の爆発を呼び起こしたのだ。」と結んでいます。
 2人のアナウンサーを通して、ファイターズが北海道に与えた、北海道がファイターズに与えたインパクトの大きさを改めて感じさせた記事でした。

*参考 TVhのサイトより大藤アナコラム 実りの秋
 当blog記事 ファイターズを巡る道内テレビ局の動き(2004.2.29)

2004.11.03

仙台にイーグルス誕生

 昨日のプロ野球オーナー会議で、パリーグの新規参入球団に東北楽天ゴールデンイーグルスが決まりました。地方在住者として東北地方にプロ野球球団が誕生することを素直に喜びたいと思います。今年、北海道がファイターズで盛り上がった経験から、球団誕生の効果は有形無形で計り知れないものになることでしょう。
 さて、今回の参入はライブドアと楽天がともに仙台を本拠地に争い、結果的に親会社の体力(球団の赤字補填に耐えられるかどうか)で決まった格好となりました。現状のプロ野球界の赤字体質、構造的な矛盾を前提にした審査であり、新規参入はとりあえず認められ、2リーグ・12球団は維持されましたが、依然としてホークスに代表されるように波乱要素が残され、再び合併・球界再編論議が起こる可能性は十二分にあります。最終的には放映権、ドラフト、FA、高年俸など球界の構造改革を行わない限り、楽天の球団経営も厳しいものになるのではと思います。
 ちなみに、昨日の両者の会見は場所的にも対照的でしたね。参入を果たした楽天が東京で、落選したライブドアが仙台で、しかもスポーツ紙には宮城球場でテレビ出演する堀江社長の写真がデカデカと出ているのを見て、立場が逆なのではと思ったほどでした。
 ライブドアの監督に内定していたオマリー氏はこう語ってました。
  「結果は残念だったが、球界の未来のドアを開けたのは、ライブドアである」。
 強く印象に残る一言でした。合併発表後にバファローズ買収を表明し、再編論議に一石を投じ続けたライブドアの戦いぶりは皆が見ています。仙台では楽天よりも先に新規参入を表明したライブドアに支持が集まったことも、オマリー氏の発言をしっかりと裏付けています。
 東北楽天ゴールデンイーグルスには参入を果たせなかったライブドアの分まで頑張って、地域密着の球団作りでプロ野球界に旋風を巻き起こして欲しいものです。機会があれば、イーグルス×ファイターズ戦で宮城球場に足を運びたいと思います。

新札その後

 1日に発行された新札ですが、私は昨日の職場の歓送迎会の2次会の席でやっとお目にかかれました。3種類全て見ることができました。他の人が持っていましたので、ただ触っただけでした。自分の手元に入ったときには職場の食券販売機で実験してみたいと思います。

2004.11.01

今日は新札発行日

 今日から11月。20年ぶりの新札発行日ということでしたが、今日は新札に出会えず仕舞いに終わりました。銀行まで行けば手に入ったのかも知れませんが、明日以降に期待ということで。今日、新札を触った方の感想をお待ちしています。私の場合、新札が手に入ったら1番最初に試したいことは、職場食堂の食券販売機にいつの間にか新千円札対応のシールが貼ってあったので、本当に使えるかどうか確かめたいことです。
 この記事を読みましたみなさん、新札が手に入って一番最初にしたことは何ですか?

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